意見書  平成25年7月29日

意見書

退職手当審査会 御中

平成25年7月29日

弁護士 陳     愛

 弁護士 藤 本 英 二
第1 はじめに

元市長中司宏に対する不利益処分として、以下の各在職期間に係る退職手当の返納命令が予定されている。

平成11年5月1日から平成15年4月30日まで(2期目分)
平成15年5月1日から平成19年4月30日まで(3期目分)

上記退職手当の返納命令が違法であることは、既に平成25年7月5日付け当職ら作成の意見陳述書(以下「本件意見陳述書」という。)及び同日の聴聞期日(平成25年7月18日付け聴聞調書(以下「本件聴聞調書」という。)参照)において述べたとおりである。

すなわち、@枚方市の条例において、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在せず、本件退職手当の返納に対して中司の同意がないことから、本件不利益処分は違法であり、A仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在したとしても、本件退職手当については、返納の要件を満たすものではなく、B仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在し、本件退職手当が返納の要件を満たしたとしても、本件退職手当全額の返還を求めることは、比例原則の観点及び本件の事実関係からして、行政裁量を逸脱するものであり違法である。

本意見書においては、平成25年7月18日付け石渡俊博作成にかかる報告書(以下「本件報告書」という。)に対する中司の意見を述べる。
本意見書における略称については、本件意見陳述書の例によるものとする。


第2 本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在しないこと

 本件報告書においては、平成19年8月21日に公布され、同日施行された本件特別措置条例第3条、及び、平成19年12月28日に公布され、同日施行された市長等の退職手当に関する条例(平成7年枚方市条例第7号)第6条に関し、「行政庁の説明にあるように、市長に対する退職手当の返納規定の適用関係の明確化を図る観点から、具体的な条文規定として規定したもの」である旨の理由が付されている。

 これは、平成19年8月20日以前においては、市長に対する退職手当の返納規定の適用関係が不明確であったことを行政庁自ら自認するものである。このような不明確な法令が存在する場合において、法令の文言を制定したのが行政庁及び地方議会である以上、法令の適用を受ける名宛人に対し、文言の不明確さから発生する不利益を押し付けるのは、正義・公平の観点からみて適切ではない。

行政庁及び地方議会としては、より明確な文言を制定し、市長に対しても、退職手当の返納規定が適用されることを誰の目にも明らかにすることがもとより可能であったにもかかわらず、平成19年8月21日まで文言の不明確さをそのままにしてきたのであり、自ら制定した不明確な法令に基づき、これによる不利益を名宛人に強いるのは妥当ではない。

 むしろ、本件の事実関係からすれば、平成19年8月20日以前は存在しなかった市長に対する退職手当の返納規定を、平成19年8月21日に急遽本件特別措置条例第3条として公布・施行したものと解するのが合理的であり、立法の経緯にも合致する。本件報告書の記載理由を前提にするならば、市長に対する退職手当の返納規定は平成19年8月20日以前より存在する以上、本件特別措置条例第3条、及び、市長等の退職手当に関する条例(平成7年枚方市条例第7号)第6条を新たに制定する必要はなく、本来従前の条例を適用すれば足りるはずである。

にもかかわらず、新たに、本件特別措置条例第3条、及び、市長等の退職手当に関する条例(平成7年枚方市条例第7号)第6条を制定したという事実は、それ自体、それまで存在しなかった市長に対する退職手当の返納規定を新たに平成19年8月21日に制定したことを示すものというべきである。

 なお、本件報告書によれば、平成7年に市長等の退職手当に関する条例(平成7年枚方市条例第7号)が制定される以前においては、枚方市職員の退職手当に関する条例(昭和38年枚方市条例第18号)における退職手当の返納規定が市長に適用されることを前提としているようであるが、誤りである。

枚方市職員の退職手当に関する条例(昭和38年枚方市条例第18号)における退職手当の返納規定は一般職の職員に適用されることを前提として平成2年に追加されたものであり、市長に適用されるものではなかったことから、平成7年に市長等の退職手当に関する条例(平成7年枚方市条例第7号)が制定される際にも、退職手当の返納規定が条文として定められることがなかったというのが事実である。


第3 仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在したとしても、本件退職手当については、返納の要件を満たすものではないこと

 本件報告書においては、「判決の確定によって、条例にある『在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられた』という事実は厳然として存在する」との理由が付されている。

 しかしながら、本件刑事事件において、刑罰の対象となっている行為は、第1審判決の「罪となるべき事実」記載の以下の行為である。

被告人は、初田豊三郎、平原幸四郎、山本正明、森井繁夫、田島洋、菊井俊彦及び杉山明らと共謀の上、大阪府枚方市が平成17年11月10日に開札した「仮称第2清掃工場建設工事(土木建築工事)」の制限付き一般競争入札に、大林・浅沼共同企業体のほか、佐藤工業株式会社大阪支店及び鹿島建設株式会社関西支店が参加するに際し、公正な価格を害する目的で、同年10月20日ころから同年11月10日ころまでの間、大阪府下又はその周辺において、大林・浅沼共同企業体に同工事を落札させることで合意するとともに、そのころ、佐藤工業株式会社大阪支店及び鹿島建設株式会社関西支店のそれぞれの入札金額を大林・浅沼共同企業体の入札金額を超える金額とする旨の協定をし、もって、入札の公正な価格を害する目的で談合したものである。

すなわち、本件刑事事件において、刑罰の対象となっている行為は、平成17年10月20日ころから同年11月10日ころまでの合意及び協定であり、平成11年12月のメトロ会合は刑罰の対象となっていない。
そうすると、仮に本件刑事事件の事実認定・判決を前提としても、中司は、平成11年5月1日から平成15年4月30日まで(2期目分)の在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたものではなく、平成15年5月1日から平成19年4月30日まで(3期目分)の在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたにとどまるものである。

 したがって、仮に本件刑事事件の事実認定・判決を前提としても、平成11年5月1日から平成15年4月30日まで(2期目分)の在職期間に関する退職手当の返納を求める法的根拠がない。なお、本件意見陳述書でも述べたとおり、本件刑事事件の事実認定には重大な事実誤認があって、本来中司は無罪であることから、再審請求の準備中である。


第4 仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在し、本件退職手当が返納の要件を満たしたとしても、本件退職手当全額の返還を求めることは、比例原則の観点及び本件の事実関係からして、行政裁量を逸脱するものであり違法であること

 本件報告書においては、「退職手当の返納を求める条例においては、退職手当の額やその多寡を定めている条項はないことから、行政庁たる枚方市がこれを求める場合の解釈については、聴聞の場での行政庁の説明にあるように、全額と考えることが妥当である」旨の理由が付されている。

 しかしながら、ここでいう「退職手当の返納を求める条例」が具体的にどの条例を示すのかまずもって不明である。

仮に「退職手当の返納を求める条例」なるものが、退職手当の全額の返納を命令する権限を行政庁に付与していたとした場合、本件報告書の解釈に従えば、@全額返納を命令するか、あるいは、A一切返納を求めないか、の2者択一の判断しかできないことになる。この結論は法律家の常識にも反するし、一般常識にも反する。

すなわち、仮に退職手当の返納を命令するための要件を満たし、当該条項が全額の返納を命令する権限を認めていたとしても、全額の返納を命令する権限には一部の返納を命令する権限も含まれていると解釈するのが適切であり、上記のような2者択一の判断しかできないという解釈は誤りである。

もとより、行政庁は、名宛人に不利益を課する権限についてはこれを抑制的に行使すべきであり、本件のような退職手当の返納命令の場合には、個別具体的な事案に応じて、全額を返納させるべきか、一部を返納させるべきか、一部とした場合にどの程度の返納を求めるべきか、を個別具体的に判断すべきものである。

特に、退職手当審査会のような第三者機関においては、仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在し、本件退職手当が返納の要件を満たしたとしても、個別具体的事案に応じて、全額を返納させるべきか、一部を返納させるべきか、一部とした場合にどの程度の返納を求めるべきか、といった個別具体的な検討・判断が期待され、かつ、求められているものと解される。

 以 上