意見陳述書  平成25年7月5日

意見陳述書

平成25年7月5日

中司宏代理人弁護士 陳     愛

     同         藤 本 英 二
第1 はじめに

 平成25年5月15日付け枚方市長作成に係る聴聞通知書(以下「本件聴聞通知書」という。)によれば、元市長中司宏(以下「中司」という。)に対する不利益処分として、以下の各在職期間に係る退職手当(以下「本件退職手当」という。)の返納命令(以下「本件不利益処分」という。)が予定されている。

平成11年5月1日から平成15年4月30日まで(2期目分)
平成15年5月1日から平成19年4月30日まで(3期目分)

本件退職手当の2期目分は平成15年5月に、本件退職手当の3期目分は平成19年5月に中司に支払われている。

 しかしながら、@枚方市の条例において、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在せず、本件退職手当の返納に対して中司の同意がないことから、本件不利益処分は違法であり、A仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在したとしても、本件退職手当については、返納の要件を満たすものではなく、B仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在し、本件退職手当が返納の要件を満たしたとしても、本件退職手当全額の返還を求めることは、比例原則の観点及び本件の事実関係からして、行政裁量を逸脱するものであり違法である。以下、具体的に述べる。

あわせて、中司及び同代理人は、今後構成される可能性がある枚方市退職手当審査会において、口頭で意見を述べる機会をいただきたく、ここに申し立てるものである。



第2 本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在しないこと

 1 本件聴聞通知書で根拠とされている法令

 本件聴聞通知書においては、根拠となる法令として、以下の法令の条項が引用されている。

 ・市長の給与及び退職手当に関する特別措置条例(平成19年枚方市条例第29号。以下「本件特別措置条例」という。)第3条
 ・市長等の退職手当に関する条例(平成7年枚方市条例第7号)第6条
 ・市長等の給与に関する条例等の一部を改正する条例(平成19年枚方市条例第45号)附則第2条第2項
 ・市長等の給与に関する条例等の一部を改正する条例(平成19年枚方市条例第45号)による改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条

 2 本件特別措置条例第3条について

 本件特別措置条例は、3か条からなり、第1条において、市長が起訴後に保釈された日から退職日までの給料及び地域手当に支給を一時差し止めることができること、市長が禁錮以上の刑に処せられたときは、一時差し止めた給料及び地域手当を支給しないことが定められ、第2条において、市長が起訴後判決確定前に退職したときは、退職手当を支給しないこと(ただし、禁錮以上の刑に処せられなかったときは除く。)が定められている。

また、本件特別措置条例第3条は、「市長等の退職手当に関する条例の規定にかかわらず、市長に対し退職手当の支給をした後において、その者が在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたときは、当該在職期間について支給したその者の退職手当の全額を返納させることができる。」と定めている。本件特別措置条例は、平成19年8月21日に公布され、同日施行されている。

 この点、中司は、平成19年8月20日に起訴され、同年8月21日に保釈されている。また、中司は、平成19年8月21日に辞職願を提出し、同年9月10日付けで市長を辞職している。その結果、本件特別措置条例第1条により、保釈された平成19年8月21日から辞職した同年9月10日までの給料及び地域手当が差し止められ、また、本件特別措置条例第2条により、平成19年5月1日から平成19年9月10日まで(4期目分)の退職手当は支給されなかった。

その後、中司の執行猶予付き懲役刑の確定に伴い、差し止められた給料及び地域手当、平成19年5月1日から平成19年9月10日まで(4期目分)の退職手当の不支給が確定している。

 しかしながら、本件特別措置条例は、平成19年8月21日に施行されたものであるから、不利益不遡及の原則により、施行前に確定的に支給された給料及び地域手当、退職手当に遡及適用されるものではない。すなわち、本件特別措置条例第1条は、施行日以降において、保釈された日から退職日までの給料及び地域手当に支給を一時差し止めることができることを定めており、本件特別措置条例第2条は、施行日以降において、市長が起訴後判決確定前に退職したときは、退職手当を支給しないことを定めている。

これら第1条及び第2条と同様、本件特別措置条例第3条は、施行日以降において、退職手当が支給された市長について、後に起訴されたような場合に退職手当を返納させることができるというものであって、既に確定的に支給された退職手当に対し不利益処分(退職手当の返納命令)を遡及適用可能であると解釈することはできない。

本件退職手当の2期目分は平成15年5月に、本件退職手当の3期目分は平成19年5月に中司に支払われているものであり、本件特別措置条例第3条は、施行前に確定的に支給された本件退職手当に対して適用されるものではない。

3 市長等の退職手当に関する条例第6条について

平成19年12月28日条例第45条で追加された市長等の退職手当に関する条例第6条は、「市長等に対する退職手当を支給をした後において、その者が在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたときは、当該在職期間について支給したその者に対する退職手当の全額を返納させることができる。」と定めている。同条は、平成19年12月28日に公布され、同日施行されている。

市長等の退職手当に関する条例第6条は、平成19年12月28日に施行されたものであるから、不利益不遡及の原則により、施行前に確定的に支給された退職手当に遡及適用されるものではない。

よって、市長等の退職手当に関する条例第6条は、施行前に確定的に支給された本件退職手当に対して適用されるものではない。

4 市長等の給与に関する条例等の一部を改正する条例附則第2条第2項

市長等の給与に関する条例等の一部を改正する条例附則第2条第2項は、「この条例による廃止前の市長の給与及び退職手当に関する特別措置条例(以下「旧条例」という。)の規定の適用の対象となった市長の給料及び地域手当並びに退職手当の取扱いについては、旧条例は、この条例の施行後も、なお効力を有する。」と定める。

しかしながら、上記2で述べたとおり、本件退職手当に対し本件特別措置条例が適用されることはないから、市長等の給与に関する条例等の一部を改正する条例附則第2条第2項は、本件退職手当とは関係がない。

5 市長等の給与に関する条例等の一部を改正する条例による改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条

市長等の給与に関する条例等の一部を改正する条例による改正前の市長等の退職手当に関する条例(以下「改正前の市長等の退職手当に関する条例」という。)は、第2条において、市長等が退職した場合に退職手当を支給すること、第3条において、退職手当の金額を定めている。その上で、改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条は、「前2条に定めるもののほか、市長等の退職手当の支給方法については、一般職の職員の例による。」ものとしている。

改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条が本件退職手当の返納の根拠となりうるか否かを検討するにあたり、同条が「退職手当の支給方法」についてのみ、一般職の職員の例を準用していることから、同条の「退職手当の支給方法」の解釈が問題となる。

「退職手当の支給方法」とは、その文言からして、退職手当の支給に関する手続に関するものであり、退職手当を支給するか否か、その額はいくらか、返納させることができるか、といった実体的な権利義務に関するものは含まれないと解される。

すなわち、同条でいう「一般職の職員の例」として定められているのが、枚方市職員の退職手当に関する条例(昭和38年枚方市条例第18号。平成18年3月13日条例第8号による改正後のもの)であるところ、同条例中、「退職手当の支給方法」に関する規定は以下のとおりと解される。

 第2条の2 退職手当の支払
 第11条 遺族の範囲及び順位
 第11条の2 遺族からの排除

これに対し、同条例中、以下の規定は、「退職手当の支給方法」に関するものではないと解される。

第1条 趣旨
第2条 退職手当の支給
第3条 自己の都合による退職等の場合の退職手当の基本額
第3条の2 功績があった場合の退職手当
第4条 11年以上25年未満勤続後の定年退職等の場合の退職手当の基本額
第5条の2 給料月額の減額改定以外の理由により給料月額が減額されたことがある場合の退職手当の基本額に係る特例
第5条の3 定年前早期退職者に対する退職手当の基本額に係る特例
第5条の4 公務又は通勤によることの認定の基準
第5条の5 付加支給
第6条 退職手当の基本額の最高限度額
第6条の2 同上
第6条の3 同上
第6条の4 退職手当の調整額
第6条の5 一般の退職手当の額に係る特例
第7条 勤続期間の計算 
第7条の2 勤続期間の計算の特例
第7条の3 同上
第8条 退職手当の支給制限
第9条 予告を受けない退職者の退職手当
第10条 失業者の退職手当
第12条 起訴中に退職した場合等の退職手当の取扱い
第12条の2 退職手当の支給の一時差止め
第12条の3 退職手当の返納
第13条 職員以外の地方公務員となった者の取扱い

 
上記の解釈は、改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条が「退職手当の支給方法」についてのみ、一般職の職員の例を準用するとした趣旨、すなわち、「方法」という手続的な側面に着目した点に整合するものである。

以上のとおり、改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条は、枚方市職員の退職手当に関する条例第12条の3を準用するものではない。

なお、同条1項は、「退職した者に対し一般の退職手当等の支給をした後において、その者が基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたときは、任命権者は、その支給をした一般の退職手当等の額のうち次に掲げる額を返納させることができる。」と定め、同条1項2号は一般の退職手当等の額の全額を返納させうることを定めているが、返納させる権限を有するのは「任命権者」に限定されており、選挙で選出される市長に任命権者が存在しないことからも、同条の返納規定が市長の退職手当に準用されないものと解釈できる。

改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条が、枚方市職員の退職手当に関する条例第12条の3を準用すると解釈するためには、同条の返納規定が退職手当を受領した者に対し返納を求めるという重大な不利益を与えるものである以上、改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条が少なくとも明示的に返納規定を準用していることが法令の予測可能性、公平の観点から必要不可欠である。

しかしながら、改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条は、「退職手当の支給方法」についてのみ、一般職の職員の例を準用すると定めるにとどまり、これをもって、返納規定が準用されていると解することは、法令の予測可能性を害し、アンフェアであると言わざるを得ない。

枚方市職員の退職手当に関する条例においては、第12条の3以外に、本件退職手当の返納の根拠となりうる規定はなく、同条が改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条により準用されない以上、改正前の市長等の退職手当に関する条例第4条が本件退職手当の返納の根拠とならないものと結論できる。

6 まとめ

以上述べたとおり、本件聴聞通知書において根拠となる法令として挙げられている規定はいずれも、本件退職手当の返納の根拠となりうるものではなく、その結果、枚方市長が中司に本件退職手当の返納を求めるためには、原則どおり、不利益を受ける中司の同意が必要となる。

本件においては、本件退職手当の返納につき、中司の同意がないことから、枚方市長が本件退職手当の返納を中司に求めることは許されず、本件不利益処分は違法である。

なお、平成3年(行ウ)第3号高知地裁判決(判例タイムズ853号127ページ・労働判例632号65ページ)も、類似の事案において、退職手当返納命令が無効であると判断しているところである。

第3 仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在したとしても、本件退職手当については、返納の要件を満たすものではないこと

1 本件不利益処分の原因となる事実の不存在

 中司は、職務に忠実であった。中司について刑事事件に関し禁固以上の刑が言い渡され、判決が確定したことは事実である。しかし、その判決には重大な事実誤認がある。中司は、禁固以上の刑に処せられる原因となった「行為」を、していない。

(1)誤判の原因
 小堀隆恒元副市長(以下「小堀」という。)に、無罪判決が言い渡された。何ら事件にかかわっていない小堀が、本件で起訴された原因は明らかになっている。平原幸史郎元警部補(以下「平原」という。)の嘘である。平原は、大林組から現金の供与を受けるために、中司、小堀らと知己を得たことを利用した。枚方市役所を訪問するなどして、あたかも自らが大林組に便宜を図ったかのような外形を作出した。

そのうえで、平原の尽力によって大林組が落札できたように装い、小堀に謝礼を渡すという虚偽を述べて、大林組から現金を受け取ったのである。平原の嘘のために、無実の小堀が逮捕され、起訴されたことは、今や明らかである。

まったく同じことが、中司にもあてはまる。平原は、私腹を肥やすために、中司や他の関係者への接触を繰り返した。時には中司に黙って食事の場に大林組の関係者を呼ぶなどしたこともある。その結果、あたかも平原らと中司との間で共謀があったかのような外形が作出された。
裁判所はこのような外形に拘泥したうえ、「平原供述の主要部分には信用性が認められる」と認定した。しかし、上述したとおり、平原は小堀も罪に陥れようとして虚偽を述べた人物である。そのような者の供述をもって、中司の有罪を認定した刑事事件の判決には重大な欠陥がある。

(2)矛盾する事実
 中司の行動は、中司が談合に関与していたことと矛盾する。
 中司は、本件談合により何らの利益も得ていない。金銭を受け取ったことはない。選挙協力を受けたこともない。中司には、談合に関与する動機がないのである。

仮に、談合に関与していたなら当然するであろう行為を、中司はしていない。金額の決定に関与していない。発注方法の決定に口出ししていない。大林組が、少しでも高額で落札できるように取り計らってもいない。大林組らが談合をしていたとしても、官製談合ではないこと、中司が市役所内で何もしていないことは、刑事事件はもちろん、その後の枚方市の調査によって把握されているはずである。

本件が官製談合ではないことは既に明らかになった事実である。この点は、中司が大林組関係者らと談合を共謀したことと相容れない。

(3)再審請求の予定
中司は再審の準備中である。談合に関与していないことは、再審の中で明らかにされるであろう。しかし、現時点においても、刑事裁判の判決が誤判である可能性が相当程度あることは明らかである。このような可能性があることを把握しながら、形式的な判決の存在に拠って本件不利益処分を敢行することは、きわめて不当である。

2 平成11年12月ホテルメトロでの会合

 本件聴聞通知書によれば、2期目分に関して、平成11年12月末ころのホテルメトロでの会合が、談合事件の端緒となったことをもって、本件不利益処分を行うとなっている。しかし、平成11年12月のホテルメトロでの会合は、刑事事件に関して刑に処せられる対象となる「行為」には該当しない。

(1) ホテルメトロでの会合の趣旨
 ホテルメトロで、中司が森井らと面談をしたのは、平成11年12月のことである。そもそもこの日の会合は、汚泥処分地の工事について談合の疑念をもった中司が、その事実確認の一つの方法として、大林組関係者と面談するという目的で行われたものである。たまたま、その席で第二清掃工場の話題がのぼったにすぎない。
清掃工場については、必要があることは認知されていたものの、用地買収の目途すらたっていない時期であった。第二清掃工場の建築工事が行われる時期、場所、規模のいずれも、決まっていなかった。そもそも「第二清掃工場の談合をする」などという共謀が成立する余地がない。

(2)公訴事実、罪となるべき事実の記載
本件刑事事件の起訴状に記載された公訴事実は、要旨、次のとおりである(各関係者の肩書等を省略)。

被告人は、初田豊三郎、平原幸四郎、小堀隆恒、山本正明、森井繁夫、田島洋、菊井俊彦及び杉山明らと共謀の上、大阪府枚方市が平成17年11月10日に開札した「仮称第2清掃工場建設工事(土木建築工事)」の制限付き一般競争入札に、大林・浅沼共同企業体のほか、佐藤工業株式会社大阪支店及び鹿島建設株式会社関西支店が参加するに際し、公正な価格を害する目的で、同年10月20日ころから同年11月10日ころまでの間、大阪府下又はその周辺において、大林・浅沼共同企業体に同工事を落札させることで合意するとともに、そのころ、佐藤工業株式会社大阪支店及び鹿島建設株式会社関西支店のそれぞれの入札金額を大林・浅沼共同企業体の入札金額を超える金額とする旨の協定をし、もって、入札の公正な価格を害する目的で談合したものである。

本件刑事事件の第一審判決に記載された罪となるべき事実は、要旨、次のとおりである。

被告人は、初田豊三郎、平原幸四郎、山本正明、森井繁夫、田島洋、菊井俊彦及び杉山明らと共謀の上、大阪府枚方市が平成17年11月10日に開札した「仮称第2清掃工場建設工事(土木建築工事)」の制限付き一般競争入札に、大林・浅沼共同企業体のほか、佐藤工業株式会社大阪支店及び鹿島建設株式会社関西支店が参加するに際し、公正な価格を害する目的で、同年10月20日ころから同年11月10日ころまでの間、大阪府下又はその周辺において、大林・浅沼共同企業体に同工事を落札させることで合意するとともに、そのころ、佐藤工業株式会社大阪支店及び鹿島建設株式会社関西支店のそれぞれの入札金額を大林・浅沼共同企業体の入札金額を超える金額とする旨の協定をし、もって、入札の公正な価格を害する目的で談合したものである。

(3)メトロでの会合の位置づけ
 公訴事実、罪となるべき事実のいずれも、実行行為の時期を「平成17年10月20日ころから11月10日ころまでの間」と特定している。しかし、共謀の時期は特定していない。

本件刑事事件の第一審判決では、@被告人が参加して大林組による本件工事の受注を容認する発言をしたメトロ会談が本件談合に及ぼした影響はかなり大きなものがあった、A被告人と初田が、2度にわたり平原を通じて枚方市幹部職員に働きかけたことは、検討会議及び検討委員会の組織構成や運営状況からして、それらの検討結果にまったく影響を及ぼし得なかったとは考えがたい、B被告人としては、その職務上、同市発注の公共工事において不正が行われた場合には、それを市役所内外で問題化し、当該不正行為を極めて容易に阻止しうる立場にあったといえ、かかる行動を行わなかったこともまた、本件談合の成立推進に大きく寄与したといえる、C本件工事を大林組が落札することを市長として容認することは、岡市と政治的に対立関係にあった被告人にとって、岡市の関わる建設業者を本件工事から排除することができるという点で、十分に意味を持つ行動であった、といった事情を総合考慮して、中司に共謀が成立するとした(刑事事件第一審判決40頁)。

刑事事件第一審判決が指摘する上記の点は、中司に共謀が成立するか否かを推認する要素となった「事情」にすぎない。それぞれが犯罪を構成するものではない。犯罪の実行行為、共謀の一部とされているのでもない。だからこそ、判決も共謀の時期をあえて特定していないのである。

(4)条例の適用の可否
 退職手当の返納規定は、刑事責任を問われるような行為をした者に対して、そのような者に退職手当を支給することは相当ではないという理由から、新たな行政処分として、退職手当に相当する額の返納を求めることができるとした規定である。したがって、「在職期間中の行為に係る刑事事件」の「行為」とは、まさに刑法上の構成要件に該当する実行行為であることを要する、と解すべきである。

 この点、本件聴聞通知書によると、「ホテルメトロにおける会談がこの談合事件の端緒となっていることが認められていること」をもって、不利益処分の原因となる事実に該当するとしている。しかし、「端緒」は、犯罪行為ではない。何らかの犯罪が発生した場合、その端緒となりうる事情は、一つではないであろう。そのような「端緒」なるものについても不利益処分を科すことになれば、その範囲は無限定となってしまい、犯罪に関連しうるあらゆる行為が退職手当の返納の根拠となってしまうおそれがある。

本件刑事事件においても、ホテルメトロでの会合は、最終的に大林組らが談合をするにいたる経緯の一つとされているにすぎない。実行行為でも、共謀でもないのである。ホテルメトロでの会合について、返納を求めることは、法令の適用を誤っている。

第4 仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在し、本件退職手当が返納の要件を満たしたとしても、本件退職手当全額の返還を求めることは、比例原則の観点及び本件の事実関係からして、行政裁量を逸脱するものであり違法であること

1 比例原則
 返納命令が出されると、その効果として、行政が個人の財産を強制的に奪うことになる。このような処分を行うにあたっては、不利益処分の程度は、達成されるべき目的に対して必要最小限でなくてはならない(比例原則)。

 中司に対して2期目、3期目をあわせた退職手当全額の返納を命令することは、多大な不利益を中司に強いるものであり、比例原則に反し許されない。

2 枚方市に実質的な損害がないこと
 第二清掃工場の発注価格が適正なものであることは、枚方市においてもすでに確認されたことと思われる。工事金額の算出にあたっては、予算上の問題から、相当程度きりつめて積算がなされた。制限価格が低すぎたために、大林組が入札をとりやめたほどである。

2回目の入札の際も、予定価格を予算の枠内に収めるために、材料単価につき55%ないし60%という厳しい減額率を用い、さらに共通費を絞り込むなどして、工事価格の圧縮作業が行われた。本件工事の落札価格は、不当な金額ではない。

 加えて、大林組・浅沼組JVが、枚方市に対して、契約に基づいて5億8380万円の賠償金を支払った。これにより、枚方市の損害が全額補てんされていることは、住民訴訟でも明らかとなっている。

3 枚方市への貢献
中司は、「公正な公共工事」を目指していた。市長就任後、公共工事が公正に行われるようさまざまな改革をすすめている。公共工事の価格を公表する制度、一般公募制度、郵便入札制度、電子入札制度、入札監視委員会制度はいずれも、中司が市長就任期間中に導入されたものである。市長就任後、財政再建につとめ、黒字へと転換した。
その結果、長年の懸案であった第二清掃工場も着工するに至った。このような中司の長年にわたる枚方市への貢献は最大限考慮されるべきである。

4 中司に対する経済的不利益が著しいこと
 2期分、3期分の本件退職手当全額の返還を求めることは、中司に著しい不利益を強いることになる。中司は、本件刑事事件の嫌疑を受けたことで、政治家生命を事実上はく奪された。自宅不動産以外にみるべき財産はない。
自宅不動産も、抵当権が付されており、ローン残債務が不動産実勢価格を上回っている。
 さらに2期分の本件退職手当の返還を求めることは、明らかに比例原則に違背する。

5 長期間の経過
 2期目の本件退職手当が支払われたのは平成15年5月、3期目の本件退職手当が支払われたのは平成19年5月である。2期目の支払いからは10年以上、3期目の支払いからは6年以上が経過した。6年以上も遡って本件退職手当の返還を求めるというのは、あまりにも法的安定性を害し、不公平である。

これは、民事消滅時効が10年、商事消滅時効が5年と定められていることと比較しても、均衡を欠くことが明らかである。

6 返納規定が返納させることを行政庁に義務付けるものではないこと
 返納規定は、「返納させることができる」と定めており、返納させるか否か、返納させるとしてもいかなる金額を返納させるか、につき、行政裁量を認めている。これは、比例原則のあらわれであると同時に、行政庁に対し、具体的な事実関係を精査して、適切妥当な処分を要求するものであって、返納規定の要件を満たしたからといって、一律に全額を返納させることを許容するものではない。

7 まとめ
 以上述べたことからすると、仮に、本件退職手当の返納の根拠となりうる法令が存在し、本件退職手当が返納の要件を満たしたとしても、本件退職手当全額の返還を求めることは、比例原則の観点及び上記の事実関係からして、著しい不利益を中司に強いるものである一方、枚方市に超過利得をもたらすものであって、正義・公平の観点から妥当でなく、行政裁量を逸脱するものであるから、違法である。